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「愛着障害」(岡田尊司・光文社新書・2011年)要約・《1》

《はじめに 本当の問題は「発達」よりも「愛着」にあった》
・人間が幸福に生きていくうえで、もっとも大切なもの・・それは安定した愛着である。愛着とは、人と人との絆を結ぶ能力であり、人格のもっとも土台の部分を形造っている。
・昨今。「発達障害」ということばが盛んに言われ、それが子どもだけでなく、大人にも少なくないことが知られるようになっているが、この発達の問題の背景には、実はかなりの割合で愛着の問題が関係しているのである。実際、愛着障害が、発達障害として診断されているケースも多い。
・どういう愛着が育まれるかということは、先天的にもって生まれた遺伝的要因に勝るとも劣らないほどの影響を、その人の一生に及ぼすのである。その意味で、愛着スタイルは、「第二の遺伝子」と言えるほどなのである。
・愛着の問題は、一部の人の特別な問題ではない。ほとんどの人に近く当てはまる問題でもある。
・愛着の安定性や様式は、対人関係のスタイルや親密さの求め方だけでなく、その人の生き方や関心、恋愛や子育ての仕方、ストレスに対する耐性や生涯の健康にまで関わっている。意識しないところで、知らず知らずその人の心理と行動を支配しているのである。他の生き方もできたはずなのに、なぜ、この生き方をしてきたのか。その疑問は、その人の愛着の特性を理解したとき、氷解するだろう。

【感想】
 〈本当の問題は「発達:よりも「愛着」にあった〉という筆者の指摘(仮説)に、私は全面的に同意する。「発達」は、変化(ステップアップ)のプロセスであるが、「愛着」は、形成されたか、されなかったか、という一点に絞られる。100%形成された、50%形成された、全く形成されなかった、という程度の差はあっても、一歩一歩、段階を追って形成されていくものではない。「愛着」には当然《相手》が不可欠であり、相手次第では、一瞬にして100%形成され、また相手次第では一生かけても全く形成されない、ということがあり得る。また「愛着」は「発達」と異なり、一度形成されたからといって、恒久的に続くわけではない。時と場合によって「千変万化」するものである。
 筆者は〈この発達の問題の背景には、実はかなりの割合で愛着の問題が関係しているのである。実際、愛着障害が、発達障害として診断されているケースも多い〉と述べているが、今「発達障害」と診断されているケースの《すべて》が「愛着障害」である、と私は確信している。「発達障害」と診断されている人々の様々な言動(問題)を「理解できない」「常軌を逸している」などと評価している人々は、自分自身の「愛着」がどのようにして形成されたか、また「愛着」とはそもそもどのようなものなのか、について省みることが肝要である。
 本書の次章から、それらのことが明らかにされることを大いに期待しつつ、読み進めることにする。 (2015.9.20)



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